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2006.04.06 (Thu)

スタッカート奏法への疑問?

日頃から疑問に思っていることはいろいろあるものの、よくわからないのでそのままになってしまう、ということがたびたびあります。
その疑問のひとつには、バッハの時代の楽譜について、果たしてそれでいいのかどうかよくわからない、というのがあります。

楽譜は作曲者のメッセージが詰まった、その作品のいわば<設計図>のような位置にあるものだと思いますが、その作曲家の時代や慣習も考慮してその楽譜を紐解いていくということになるんだと思います。
例えばバッハのチェンバロ作品の場合、そこには当時の楽器がどういうものであって、バッハは何のために何を想定して作曲したのか、誰が演奏するものであったのか、などを考慮することになります。1700年代前半の鍵盤楽器からすれば、現在のピアノはある意味シンセサイザーみたいなもので、バッハの考える「鍵盤楽器」とはずいぶんと違ったものになります。そして当時の記譜は簡素であり、作曲者の指示を書き込む必要性もそういった慣習も殆んどなかった(その多くは作曲者自身が演奏するために作曲された)こと、演奏するシチュエーションも現代のホールのようなところを想定してないこと、飛行機や新幹線を知る私達と速度記号の感覚は遅いのではないか等、考慮していくわけです。
そこで私がよくわからないのは、スタッカート奏法という音を切って演奏する方法です。チェンバロは撥音楽器なので、確かにアタックの後すぐに音は減衰するのですが、これをピアノで演奏する場合、スタッカート奏法を用いるというのが大体の見方のようです。私にはこれがよくわからないんです。
例えばインヴェンションでもよく出てくる16分音符の後の8分音符。色んな校訂の楽譜をみるとスタッカートになっていたりするんですね。声楽でも器楽のチェロやコントラバスパートでも、スタッカートというのはどうにもあり得ないし、音楽的にも息切れがしてしまう。大体バッハ自身が弾いたとして、スタッカートにするのか?ピアノで弾くからスタッカートにするというのは、声楽でも他の器楽でもしないことからすると、何とも変ではないか?と思うんです。
こういう疑問って何にも知らない素人の私だから恥ずかしげもなく言えることなんでしょうが、これを皆さんはどう納得しているのかなぁ、と考えてしまうんですね。
1700年代後半にはチェンバロからハンマーフリューゲルへの過渡期にあたるものの、チェンバロ主流という中にあるモーツアルトのピアノ曲。これをスタッカート奏法をそんなに用いないのはなんでだろう、とも思うわけです。どこでその線引きをしているのか疑問です。

そんなことをぐるぐる考えながら、インヴェンションを練習する日々です。
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テーマ : ピアノ ジャンル : 音楽

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