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2006.09.23 (Sat)

モーツアルトのオルガン作品

今年はモーツアルトの生誕250年の記念年なので、各地で色んなコンサートや記念のCDが発売されたりと、前の没後200年の時と同様いろいろ特集が組まれています。

大抵、モーツアルトについてはオペラや交響曲、弦楽四重奏や協奏曲について紹介され、研究の成果をCDで発売したり、ということが多いですね。
モーツアルトがグルックやハイドンから受けた影響や、ハイドンやベートーヴェンに与えた影響については、もうあちこちで言われていて、ここで改めて書くようなことはありません。意外にもJ.S.バッハから受けた影響ということには、あんまり言及されていないような気がします。
バッハは1750年に亡くなり、モーツアルトは1756年に生まれているわけですから、古典の初期とはいうもののまだまだバロック音楽は耳にする機会は多かったのではないかと思うわけです。

少し調べてみると、モーツアルトは父親が宮廷オーケストラのコンサートマスターであったため、ザルツブルグの大司教のオルガンを聴いて育っているのですが、実際はやはり当世風の耳あたりの良い古典的な楽曲を弦楽などで演奏することが多いようです。
1777年モーツアルトは大司教と衝突してパリにまで就職活動にいくもののうまくいかず、同行した母に死なれてしまい(このあと、あの有名なピアノ・ソナタ イ短調が作曲されます)、父が大司教に詫びて、息子を宮廷に再就職させたのですが、ここで得た地位が<教会オルガニスト>でした。10ヶ月の間ですが、モーツアルトは教会オルガニストとして、教会の典礼にオルガンを弾く仕事をしていました。

その後再び大司教と衝突してウィーンへでましたが、1781年には日曜日ごとに開催されるある男爵の音楽会に通ったわけですが、この男爵がバッハやヘンデルの愛好家であったため、ここでバッハやヘンデルの音楽を知り、のめりこみます。バッハやヘンデルを模倣した作品を次々に書いていきます。中にはフランス組曲などを模倣した作品まであります。
ト長調のフーガ K.401や幻想曲とフーガ K.383a、ピアノ組曲K.399などが生み出されています。

また、1789年にライピチヒの聖トーマス教会に立ち寄ったときにバッハゆかりのオルガンを弾いています。これを聴いたバッハの弟子は「師の再来だ」といって感激したそうです。相当な腕があったのでしょう。
この頃の作品としては、アダージョ ロ短調 K.540、ジーグト長調 K.574、幻想曲K.608、アンダンテ ヘ長調 K.616などがあります。

交響曲第41番の終楽章で、モーツアルトがいかに優れたフーガを書くか、ということは本当によく知られています。これらの作品を聴いてみると、モーツアルトもバッハにハマッた時期があり、そこで集中的に作品を書いていたことがよくわかりますし、モーツアルトがそれをよく消化し、自分のものとしていたことがよくわかります。
違った面からモーツアルトを見れるような気がします。
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テーマ : クラシック ジャンル : 音楽

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