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2007.07.12 (Thu)

ピアノレビュー:YAMAHA ① 

久しぶりに「ピアノレビュー」を書きます。今回はようやく国産のピアノを見てみたいと思います。今や国産のヤマハとカワイは世界でも名の通ったピアノのメーカーです。今回取り上げるのはYAMAHAです。まずはYAMAHAの歴史から。ピアノについてのみ、まとめてみます。

徳川藩士の天文係山葉孝之助の三男として生まれた山葉寅楠は長崎で時計づくりを、大阪で医療器械を学び、医療器械の修理工として浜松に移ります。そこで壊れたオルガンの修理をしたのをきっかけにオルガン製作を決意し、1887(明治20)年11月日本初の本格的オルガン製作に成功します。1888(明治21)年3月山葉風琴製造所を創業、河合喜三郎とともに1889(明治22)年3月合資会社山葉風琴製造所設立しました。1897(明治30)年10月改組して日本楽器製造株式会社(現ヤマハ)を設立し、初代社長に就任。
その後1899(明治32)年4月ピアノ製造法研究のため単身アメリカに渡って、ピアノ工場(キンボールやメイソン&ハムリン、スタインウェイ&サンズ)をまわり、翌年1月からアップライトピアノの生産を開始。1902(明治35)年にはグランドピアノを完成させ、1904(明治37)年4月にはセントルイス万国博覧会でピアノとオルガンに名誉大牌賞を受賞しました。
その後、オルガンとピアノ製作を進めていくものの戦時体制であったため軍需工場となり、ピアノの製作は1947年から再開。1967年にはコンサートグランドCFシリーズを製作し好評を得ます。これはグレン・グールドが録音に用いたピアノとして有名ですね。これが一つの転機となって音楽家たちに認知されるようになったようです。
1980年代半ば以降、ハイテクを駆使した自動演奏やサイレントシステムを発売、会社の混迷期を抜けて現在に至っています。

まず、現在のヤマハは楽器製作総合メーカーであり、そのほかにも発動機などのいろんな部門を持っていますが、出発点はオルガンとピアノ製作です。しかし、その歴史も長いのですが、1960年代までは世界に認知されてはいませんでした。製作技術が未熟でヨーロッパの一流ブランドとは大きな差があったためです。
しかし、ヤマハはベルトコンベアー式の工場で大量生産を行うことで、一定した品質を保つ製品を製作(というより製造)するという、ピアノ製作においては考えられなかった方法で販売を拡大し、その製品も比較的安価であったため1970年代には国内で爆発的に売れたのはご存知ではないでしょうか。
品質面では、これほどトラブルが少なく一定したピアノはなく、それが従来の(ヨーロッパの)品質の良いピアノの半額以下で購入できる、ということで国内ではもちろん、ヨーロッパでも普及しています。日本でピアノが普及したのはヤマハとカワイあってのことで、これには非常な貢献ではないかと思います。ひいては音楽教室、コンペ等によってピアノのみならず音楽普及に更に拍車がかかり、こういった一貫したシステムを持っていることもヤマハの強みといえそうです。

いろいろ書いているとまだまだヤマハのピアノについて書けないので、実際ピアノに触って感じることやその傾向などは、次回書いていこうと思います。
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テーマ : ピアノ ジャンル : 音楽

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