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2006.02.24 (Fri)

芸術のための技術

このブログもオリンピックに関連した内容の話題が続いてしまっています。特に今日は新聞もテレビもフィギュア女子についての話題で持ちきりでした。
素人目の私見ではありますが、フィギュアの演技を見ていてよく感じるのは「何回転ジャンプ」という技が演技全体の流れや表現とは別物になってしまっている演技を見かけることが多いということです。それまで音楽に合わせて演技をしていてその世界に見ている側も引き込まれているのですが、あるところになると選手が次に飛ぶ「何回転ジャンプ」を意識してしまい、演技の動きではない動きに変わり、見ている側もその世界から突然現実に引き戻されてしまう、という状況が実際にあります。その選手は何回転ジャンプの後、元の世界に戻ろうとしますが、見ている側がその演技の世界に戻るのが困難になってしまう、ということが起こってしまいます。

例えば、スルツカヤ選手はフリーの演技で転倒こそしてしまいましたが、彼女は演技の中でジャンプを見事にこなし、見ている側としては実に自然な芸術的な流れを感じて見入ってしまうのです。「何回転ジャンプ」を感じさせない、優雅さをも味わうのです。
逆に難易度の高いジャンプの技を取り入れていても、その「何回転ジャンプ」の部分だけ取って付けたような違和感のある演技の選手もいます。これまで演技をしてきて、ジャンプの手前で見ているこちらまで、これから何回転ジャンプを飛ぶぞ、飛ぶぞ、というような、そこで演技とは別の流れが顔を出すのです。これまでの日本の選手は、残念ながらことごとく後者に当てはまってしまっていたようにも思います。

そもそもフィギュアはスポーツであり、フィギュアの採点方法も、芸術点<技術点になっているため、芸術性を追いすぎるのは間違っているのかもしれませんが、見ている側としてはこういった技術を感じない演技を堪能したくなります。
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テーマ : ピアノ ジャンル : 音楽

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